放送大学 千葉学習センター

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住所:千葉県千葉市美浜区若葉2-11MAP
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【放送大学千葉学習センター/インタビュー】
新所長・高橋浩之さんに聞く。学びの原動力と目的とは?

放送大学 千葉学習センター

49日前

  • 社会
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放送大学 千葉学習センター 所長/高橋 浩之氏


社会人のための生涯学習機関として1981年に創設された放送大学。テレビ、ラジオ、インターネット、Zoomを活用したライブWeb授業に加え、各都道府県に置かれた学習センターでは対面式の面接授業も実施。大学開設からこれまでに延べ130万人以上が卒業している。

放送大学の大学課程は、教養学部教養学科のみの1学部1学科。教養を身につけると共に職場や実生活で活かせる専門的な知識を得ることが可能だ。用意されているコースは「社会と産業コース」「生活と福祉コース」「人間と文化コース」など全6種。大学卒業資格を満たす全科履修生や、任意の科目だけを選べる選科履修生など4通りの履修スタイルが選べる。

今回は、2024年4月から千葉学習センターの所長に就任する高橋浩之氏をインタビュー。山形大学と千葉大学で35年以上にわたり健康教育学を研究してきた高橋氏の生い立ちや経歴を振り返りつつ、放送大学に所長として着任した現在の心境などを伺った。


北海道に生まれ、昆虫学者を夢見る少年時代を過ごした

「東京大学の3年次から健康教育学を研究してきましたが、小学生の頃は『僕は昆虫学者になるんだ!』と言っていたのです」と、にこやかに自身の幼少期を振り返る高橋氏。千葉大学教育学部長を退任した2018年から面接授業「リテラシーとしての公衆衛生学」を担当し、2023年からはミニゼミ「保健の授業を学び直す」で教鞭をとってきた。

『有楽町で逢いましょう』『東京だョおっ母さん』といった歌謡曲が流行していた1957年、高橋氏は北海道東部の小さな町で生まれた。「網走と釧路をつなぐ釧網本線のほぼ中央に位置する熊牛原野という土地で生まれました。道内の人に地名を言ってもあまりピンと来ないくらいの田舎です(笑)。そんな所で伸びやかに育ちました」。

町には大きな製糖工場があり、高橋氏の父親はそこで働く技術者の一人だった。社宅のまわりでクワガタやトンボを採集しては、虫かごの中で大切に育てていたそう。「父の会社では、北海道で栽培したビートから砂糖を作っていました。小学校の1/3くらいの児童が私の家と同じように社宅住まいでしたね」。その後、父親の転勤にともない小学4年生の時に横浜市へと転居。東京学芸大学附属世田谷中学校に進学すると、かつての昆虫少年は化学や数学に没頭するようになっていた。


得意科目は化学と数学。その根底には父親の影響がある

東京学芸大学附属中学校・高校時代の6年間はサッカー部に所属し、勉強とサッカーに明け暮れた日々。この頃に得意だった科目は、数学や化学だったそう。「単純です。授業の面白い先生が数学や理科だったからです」。決められた公式とその応用で問題が解ける数学や、法則や事象をじっと観察する化学は高橋氏の性格に合っていた。自身はその理由について、父親の影響があるのではと分析している。

「高橋家ではたびたび家族会議を行っていました。『朝食の時に父が新聞を読むのは良いか、悪いか』など、日常で起こる何てことない議題です。両親と私、そして弟が平等に発言し、意見することがルールで、私たち兄弟は議事録も取っていました」。技術者だった父親は常に理路整然と話をするタイプで、高橋氏が今でも鮮明に覚えているのは風呂場で手ぬぐいを絞る強さについて議論したこと。「体を拭いた手ぬぐいをきちんと絞ろうと父が言い出しました。お前の絞り方は甘いというわけです。大人と子供では力の差もありますから、私は『そんなの乾けば同じだ』と反論しました」。その日の夜、高橋少年の絞った手ぬぐいを手にした父親。絞った水を洗面器に入れると、かすかに濁っていた。「『確かに乾けば同じだ。しかし、この濁った水が手ぬぐいに残るのは不衛生だと思わないか?』と言うのです。それ以上の反論は不可能でした(笑)」。

高校に進学してからも化学への関心は増す一方で、高橋さんは有機化学の知識を深めるため東京大学の理科二類を受験。1976年に入学後、しばらくして学問に対する大きな転換期を迎えることになった。


エアロビクスとの出合いが、その後の研究人生を決めた

東京大学の1、2年次は「文科一~三類、理科一~三類」と6つの科類に分かれて一般教養を学び、3年次からは成績に準じて希望学部に振り分けられるシステムだ。高橋氏は理学部に進むつもりで入学したが、「化学や数学が好きと言っても、真面目に勉強をしていなかったことの“つけ”が東京大学に入ってから露呈しましてね。講義についていけない。成績もギリギリで。おまけに一般教養の理科系の授業がどれも退屈で(苦笑)。高校まで大好きだった化学への熱量がどんどん下がってしまいました」。

高橋氏は常々、学ぶことの原動力は楽しさやワクワクする心であると語る。一般教養課程で受講した体育科のエアロビクスに関する講義が、その後の高橋氏の人生に大きな影響を与えた。「エアロビクスとは有酸素運動のことです。70~80年代にかけ、アメリカで問題となっていた心臓病のリスクを抑えるため、食生活を改善するとともに有酸素運動を取り入れようというブームがありました」。強い負荷をかけるウェイトトレーニングのような無酸素運動よりも、ジョギングや水泳、サイクリングといった有酸素運動こそが健康な体を生むというエアロビクス理論。その第一人者と言われているのが、アメリカの運動生理学者であるケネス・H・クーパー氏だ。

クーパー氏の著書を読むなどしてエアロビクス理論を学ぶにつれ、高橋氏の中で健康教育への興味が日増しに大きくなり、3年次は体育学健康教育学科に進んだ。「私はもともと理系に強い方でしたので、健康教育は合っていたと思います。例えば『喫煙者は非喫煙者よりもガンの発症リスクが1.6倍である』など、この研究分野には統計データの利用が不可欠ですからね。数字を用いて物事を整理し、課題をクリアにしていくという点が、長年研究を続けてこられた理由だと思っています」。


放送大学の学びを通して、人生はもっと豊かになる

大学院を修了後、健康教育学を専門として山形大学と千葉大学で、主に養護教諭や保健体育教員の育成に携わってきた高橋氏。2018年からは放送大学の面接授業を担当するようになり、あることに気付いたという。「放送大学はやはり学生の年齢層の幅広さが他の大学との大きな違いです。面接授業で学生さんに質問を投げかけたら、ある高齢の学生さんが『はい!』と挙手されて。自分の考えや経験談などを熱く語り出すのです。自分の考えをお持ちで、それをきちんと表現する強い信念があることの表れと、とても感動したのを覚えています」。

「興味のある分野を深めることが楽しい」「学ぶことが面白いから放送大学に通う」。そういった放送大学の学生たちの声は、高橋氏が思う「学びの原動力は楽しさやワクワクする心」に通じる部分がある。働きながらでも、子育てをしながらでも、あるいは第二の人生をスタートした後でも、学びたいという人すべてに門戸が開かれた大学だ。

最後に、放送大学への入学を考えている読者に向け、高橋氏からメッセージをもらった。

「放送大学は、各分野で一流の見識を持った先生方の講義を受けられます。まさに知識の宝庫と言っていいでしょう。私自身もここ最近は政治学に興味を持ち始め、いくつかの授業を視聴しています。学ぶことで毎日の生活にワクワクが増え、人生はもっと豊かになります。ぜひ私と一緒に、放送大学で学びましょう」。



<プロフィール>

高橋 浩之/たかはし・ひろゆき

1957年、北海道川上郡生まれ。東京大学大学院を修了後、長年にわたり山形大学および千葉大学にて健康教育学などを研究。2024年度より放送大学千葉学習センター所長に就任。千葉大学名誉教授。


※この記事は2024年3月現在の情報をベースに作成し、更新しております。内容が変更になっている場合もございますので、詳細は放送大学または、放送大学千葉学習センターの公式ホームページをご確認ください。

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